英国の学校教育−−1993年・秋

(27)英国の先生も大変

 11月16日(火曜日) 晴れて寒い朝です。
 今日は久しぶりにカーヒル・ハイスクールに行きました。芝生の校庭には霜がおりています。もう冬です。私の英国滞在も残り10日ほどになり,レポートを仕上げるためにスタッフルームにいる時間が長くなってきました。

 アランが科学の先生なので,科学の授業を見せてもらうことが多いのですが,能力別クラス編成なので,トップのクラスとボトムのクラスとでは同じ単元でもずいぶん感じが違います。この日最初の授業はYear8の科学のトップクラスでした。「力の働き」についてのVTRを2本見たあと,ポリタンクから空気を抜いてへこませる実験を先生がやります。淡々と進む授業です。 

 午後は同じ学年のボトムクラスの科学を見ました。こちらも実験で,2つの注射器をチューブでつなぎ,片方のピストンを引くともう一方のピストンが吸い込まれるというものでした。このクラスの生徒は授業にあまり集中していません。男子生徒が「この授業をどう思う?」とたずねるので「good」と答えると,別の女子生徒が鼻で笑うように"boring(退屈よ)"と言います。ときどきやかましくなるので,先生は"Listen!"とか「シーッ」と注意し,うるさくするのなら実験をやめてノートを書く勉強にするぞなどとおどかしています。
 先生が,騒がしい女子生徒に一番前に来て一人で座るように注意すると,その子は鉛筆をたたきつけて「なんで私だけなの」と文句を言いながら移動していきます。先生が黒板に書いた説明文を写すとき,「そこは何と書いてあるの?」と難しくもない単語を質問するところなど,日本の私の学校とそっくりでした。この学校に来た頃は,英国の生徒は礼儀正しいし授業も整然としていてうらやましいと思ったものですが,長くいるといろんな面が見えてきて,英国の先生も楽ではないんだという気がしてきます。

 しかし,生徒が人なつこいのは本当に気持ちがいいものです。このクラスのクリッチリーという男の子が名前をカタカナで書いてくれと言うので書いてやりました。実は先月もポール・クリッチリーという生徒に名前を書いてやったのですが,今日のクリッチリーは弟で,リーという名前でした。兄弟にそれぞれカタカナで名前を書いてやったことになります。リーはなんと,MANGA MANIAという英国のマンガ雑誌を持っていて,その表紙には「コミックスマニア」というカタカナが書かれています。アキラとかゴジラとかアップルシードとか,私はよく知りませんが劇画調の作品が多いようです。そういえばこの頃,MANGAという単語を商標登録しようとかいう動きもありましたね。

 授業が終わると生徒がわっと学校から出てくるので,その前にと思って学校近くのポストで手紙を出し,近所の店でクラシックCDマガジンとクリスプを買いました。ここの夫妻はとても愛想がよく,昨日のことがあっただけに救われる思いがします。おばちゃんの方が「あなたが折り紙をしている記事を見たよ」と声をかけてくれました。先月,地元新聞が取材に訪れたのです。「学校に届けたよ」と言われたのですが,図書館の先生に聞いてもわからず,この時は自分の載った記事を見ないままで,1年ほどたってからオリバー先生にコピーを送ってもらい,今は手元にあります。「日本=折り紙」というのはステレオタイプに過ぎると思いますが,イギリス人の日本観を正直にあらわしているともいえるでしょう。

 放課後は学校のホールでスクールバンドのリハーサルを見ました。明日の夜がプレゼンテーション・イブニングで,この夏に卒業した生徒を招いてGCSEの成績証明書が渡されます。だから曲目も,ラデツキー行進曲などテンポのいいものでした。

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