英国の学校教育−−1993年・秋

(23)ヨークへ日帰りドライブ

 11月13日(土曜日) 雨。
 今日はアランの運転する車でヨークまでドライブです。地図を見るとわかるように,セントアンズは西海岸のブラックプールのそば,ヨークは東海岸の近くです。それを1日で往復するのですから,運転する彼にはかなりの負担だったでしょう。終末が2日とも使えればヨークのユースホステルで泊まるところですが,アランは日曜日の午前にブラックプールで用事があるので土曜のうちに帰らなければならないのです。
 セントアンズの家を8時に出て,プレストンを過ぎてしばらくはモーターウェイを走り,それが終わったところからは緩やかな丘陵地帯の道になります。
 左手に巨大なゴルフボールのような建物が見えてきました。アランによると,核爆発の探知施設だそうです。ロシアの核爆発を探知するのでしょうか。アメリカやロシアほどではないにせよ,イギリスも核兵器を持つ国です。 

 約2時間でヨークの町に入りました。ヨークは城壁のある古い町です。城壁のそばの駐車場に車を止めて,歩いて中心部に入りました。城壁をくぐり,橋を渡って小さな町に入ります。
 最初にヨークミンスター(聖ピーターカテドラル)に行きました。私は,カテドラルというのはカトリックの教会だけかと思っていましたが,ミンスターもカテドラルも,国教会・カトリック両方で使われるそうです。11時からの無料ガイドツアーで,1時間あまりかけて見学しました。ガイドの説明はわかるところとわからないところがあり,自分のわからないところでみんなが大笑いしたりするとやはり気になります。アランに「今の説明わかった?」と聞かれ首を振ると,「天井の汚れを落としてみると,マリア様がイエス様にお乳を飲ませている絵が現れた。ところが,当時の人の考えでは,マリア様がそんなことをするとは考えられなかったので,ほ乳瓶で飲ませるように絵を描き換えてしまった」と言うのです。確かにこれは笑えます。(できれば,ガイドさんの説明の時に笑いたかった・・・) 

 パブで昼食をとったあとは商店街を歩き,本屋でたくさん本を買いました。イギリスでは普通の本屋で本のディスカウントをしていることがよくあります。アランは理科の先生らしく,人間のガイコツのペーパークラフトを買っていました。天気が怪しくなって,雨がぱらつきはじめました。ヨーク市博物館を見たあと,駅のとなりにある国立鉄道博物館に入りました。
 日本の交通博物館というのは子どもが多いですが,ここは大人の客の方が目立ちます。イギリスは鉄道発祥の国ですし,鉄道模型にしてもおもちゃでなく大人のホビー,クラフトという位置づけです。この博物館の展示は,実物展示がほとんどでした。ごく初期のトロッコのような車両から,蒸気機関車で世界最高スピード(時速200キロ)を出したマラード号,海峡トンネル(いわゆるユーロトンネル)を走るインターシティ特急などが体育館のようなホールに置かれています。転車台まであるのです。ゆっくり堪能し,外に出たときには真っ暗になっていました。 

 駐車場に戻り,また西海岸までドライブです。途中の町で夕食をとりました。アランも私もビールを飲んで,少し口がなめらかになったためでしょうか,車内で議論になりました。そのきっかけは,アランが「実力主義でなく年功序列主義の日本企業がなぜ成功するのか,不思議だ」と言ったことです。彼は「英国の企業では年齢に関係なく地位の高い人が重い責任を持ち,給料も多い」と言い,彼自身,学校では理科の主任として責任を負っています。それによってより多い給料と尊敬を得たいのだ,というのです。

 日本が英国より年功序列的であるのは確かでしょう。若い上司のもとで働くのを面白く思わない人の方が多く,上司が能力があるからという理由より,年齢が上で経験を積んでいるという理由によって大抵の人は納得するのかも知れません。しかし,だからといって,日本の社会が実力を全く無視して,年をとれば自動的に地位や給料が高くなるわけではないですよね。数日前に「ライジング・サン」を観たばかりで,あの映画が日本の企業を誇張して描いていた(と私には思われた)こともあって,英単語を必死で思い出しながら30分ほども議論になったでしょうか。
 そのあとで彼は「わかった。日本では,個人の業績よりもチームワークを重視するんだね。英国の企業では,地位の低い人は責任も少なくて,自分の給料分以上のことをしようなどと思わない。日本の企業の方がベターかも知れない」と言いました。私も,どちらがいいとは決めつけられないし,仮にどちらかがいいとしても簡単に意識が変わることは難しいでしょう。
 ただ,教育に関しては,英国の学校では(少なくとも私が訪れた数校では),生徒が教員を呼ぶとき,「Mr」とか「Miss」を付けないようなことは全くありませんでした。日本はどうでしょう。教員が生徒をガチガチにしばりつけているとか,逆に生徒が教員を呼び捨てにすることで対等になったような気になっているなどというのは,たとえて言うならば自由を求めて銃を持ったためにかえって自由を失った状態ではないでしょうか。

 帰宅したのは,夜10時近くになっていました。明日は日曜日,ブラックプールで戦没者追悼の行事があり,アランはブラスバンドのメンバーとして参加します。

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