英国の学校教育−−1993年・秋

(11)タバコ

 10月20日(水曜日) 小雨。少し暖かい。
 今日は水曜日なので最初の時間はPSEです。ウィルソン先生のクラス(Year8)を見せてもらいました。
 今日のテーマはタバコの害です。生徒は先生の説明を静かに聞き,質問があればだまって手をあげています。先生は,説明がひとくぎりつくまでは手を挙げている生徒がいてもそのまま説明を続けています。VTRの内容は,タバコの身体への悪影響や,F1などでタバコ会社が大スポンサーになって宣伝しているとかいうことでした。
 ウィルソン先生は「正直に答えなさい。タバコを吸おうと思ったことのある人は?」と尋ねます。5人の手が挙がり,そのうち2人は実際に吸ったことがあると言いました。タバコはイギリスでも先生たちの頭を痛めているようです。そういえば,この学校の生徒用トイレでも,鍵がかけられて入れないところがあります。またこの日の3限は,30分だけのコマで別のクラスの禁煙教育でした。その時には,外部の女性のスタッフが喫煙チェックマシン?を持って来ていました。この機械は,息を吹き込んでタバコを感知するとメーターの赤い棒が伸びるという代物です。どれだけ信頼できるのかはわかりませんが,数人の生徒が実験台になっていました。
 ところで,Year8といえば12歳です。実際,日本の高校生で喫煙が習慣化している子は中学校2年頃から吸い始めている場合が多いようです。だから,中1か,もっと言えば小学校から禁煙教育は必要なのでしょうが,以前ある小学校の先生が「うちの学校にはタバコを吸うような子はいませんから禁煙教育なんて必要ありません」と言うのを聞いたことがあります。
 「禁煙なんて簡単なことだ。私はもう何十回も禁煙している」というジョークでもわかるように,習慣になったタバコや酒をやめるのは相当苦労がいることだと思います。タバコを吸う子がいないうちに禁煙教育を始めたいものですね。 

 さて,禁煙教育の時間の残りの時間を10分もらって,生徒が私に質問する時間にしてもらいました。実にさまざまな質問が飛び出しました。学校は何時に始まるか,何を教えているのか,生徒は掃除をするかといった学校に関する質問。これはまぁ予想ができます。驚いたのは,学校の近くに火山があるかという質問でした。日本は火山と地震が多い国と頭にしみついているのでしょうか? 土曜日も学校に行くと言うと,げーっという声が上がりました。まあ,イギリスの子どもには想像できないんでしょう。またある生徒は,夜に学校に行くのかと聞きました。定時制のことかなと一瞬思ったのですが,いや塾のことだと気づいて,クラミングスクールに行く子が多くいると答えました。「cramming school」というのは,「塾」の訳として習った単語でしたが,あとで「cramming」の意味を調べると,詰め込みとなっていました。一言に塾と言ってもいろいろあるわけで,全部が全部詰め込みではないわけですが,ちょっと間違ったイメージを与えてしまったかも知れません。ウィルソン先生は,日本の生徒は入試のためにたくさん勉強しなければならないからそういう学校に行くんだと補足してくれました。 

 午後はホールでドラマのリハーサルを見ました。これは日本にはない科目なので面白かったです(眠かったけど)。ドラマというのは「役割を演じる」ということの訓練だなぁと感じました。プログラムは"An Inspector calls"という題でした。この劇はわりと有名らしく,のちにロンドンでプロの劇団がこの劇をするという広告を見たことがあります。
 ドラマでは父親役の生徒は父親らしく,子どもは子どもらしく,警部は警部らしく振る舞う(態度や話し方)ことが求められます。それは自分の感情をコントロールすることにもつながり,英国の学校における先生と生徒の関係そのものを見ている感じさえしたものです。 

 ブレイクのあとはジョーンズ先生の地理の授業を見せてもらいました。「Benson」というポテトチップのメーカーがあるのですが,その工場がどういう位置に立地しているのかを学習していました。日本でいうポテトチップのことをイギリスではクリスプ(crisp)といいます。そして「patato chip」といえばそれはフィッシュアンドチップスのようなフライドポテトのことなので少しややこしくなりますが,とにかくクリスプの袋とベンソンの会社案内が教材です。
 授業の進め方ですが,「日本企業の立場になって,ベンソンより5ペンス安いクリスプを作ってイギリスに輸出するために,ベンソンの経営を研究する」という形をとっています。実際,ベンソンの工場は学校の近くにあり,トラックを見かけることもあるので,地域教材という面も持っているわけです。

 生徒はレポート用紙に作業をしています。ある生徒のレポートは下のようなものでした。  

INPUT PROCESS OUTPUT
POTATOES
OIL(VEG)
SALT
flavouring CRISPS

MONEY

 彼女はこの授業を自分で考え出したそうです。彼女の動機づけはとても上手で,私もまねしたいなと思うことがたびたびありました。また生徒たちも素直にその設定に乗ってくるのが本当にうらやましいと思います。 

 夜は,デヴィッドが生徒の設計図のチェックをするというので,パットとお茶を飲みながら話しました。彼女によると,イギリスではガスによるセントラルヒーティングがとてもポピュラーなのだそうです。この家もそうです。ガス代は月に60ポンドくらいだということでした。電気は高いのであまり使わないそうです。下水道は,都市では150年くらい前に造られたとのこと。下水道のことを何というのかわからず,最初「poluted water processing system」などと苦しまぎれに言っていたのですが,「sewage(スーウィッジ)」と言うのよと彼女が教えてくれました。
 「日本では今ごろ下水道を必死で造っているんです。だから,外国人が思っているほど豊かではないんですよ」と言うと,彼女は「イギリス人が日本が豊かだと思うのは,車や電気製品やテレコミュニケーションが進んでいて高価な商品が買えるからだと思う」と言います。テレコミュニケーションというのは,電話やパソコン通信も含まれると思うのですが,イギリス人にはこの分野で日本が進んでいるという印象があるのでしょうか。他の先生からも同じことを言われたことがあります。アメリカのネットワークの紹介などを読むたびに,日本はまだまだだなぁと思うことが多いだけに,これは意外な感じがします。
 もう一つ,彼女はこうも言いました。「イギリスの教員のほとんどは,日本の教育は暗記(rote)と繰り返し(repetition)だと思っている。」私は,「それは中学校の,高校入試対策のためで,小学校では英国と似ていると思います」と弁解しました。実際,日本の中学校の先生だって,なんとか面白い授業をつくろうとしているんですから。

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