英国の学校教育−−1993年・秋

(8)義理の母

 10月14日(木曜日)
 疲れがたまってきましたが,金曜日までくれば休みだと思うと,元気が回復してきます。今日は,アートと体育を見せてもらえることになりました。

 アートの教室は,地理教室の上(三階)にありました。ほとんどの校舎は平屋か二階建てなので,この学校で一番高い校舎ということになります。日本では,一番上の階の端の教室は音楽教室か視聴覚教室のことが多いと思いますが,ここは三階全部をアートが使っています。
 Year7では,花瓶を2種類(伝統的なものとモダンなもの両方)デザインし,3Dでデッサンし,来週には粘土で作っていくという内容でした。隣では6thフォームの生徒が2人,ラジカセで音楽を鳴らしながら自分のペースで作業しています。1人はビンのデッサン,もう1人はパソコンでデザインをしていました。使っていたスキャナーは三菱製でした。
 アートの授業内容は日本と同じようでしたが,面白いと思ったのは教室内の展示作品でした。ビンや缶や電話機や,空きビンにキャンディの袋を詰めたものなど,いろんなものが作品として置いてあるのです。まるで現代美術館です。 

 コーヒーブレイクのあと同じ教室に戻ると,今度はYear9の授業でした。粘土の造形です。人の作品を壊すまねをする子や粘土でお手玉をする子もいます。一人の子の名前をカタカナで書いてやると大喜びして,他の子もつぎつぎとやってきました。マーク,ロシェール,ローラ,ジェニファー,クリス,ダニエル,ケリー,ポール,デビニア,コリン,ニキ,ティーポットと,私のノートに書いてやると,自分の画用紙に書き写してきゃっきゃっと言っています。デビニアには「ボーイフレンドのジョージも書いて」と頼まれました。もっとも,先生はあまりいい顔をせず,何回か「座りなさい」と注意していましたが。

 作っている作品はさまざまで,ティーポット,タンク,箱など自由です。隣の6thフォームに行くと,一人はシルクスクリーンのプリントをしていて,他の一人はパソコンのデザインをしていました。このパソコンはスタンドアロンで約4500色出せるそうです。幾何学模様もあれば,3Dアートに色を付けたようなのもあります。とても進んでいると感じます。アートでは,週に何時間かはテクニックのヘルパーが来ているということでした。生徒が多いので,そうしないとやっていけないのだそうです。 

 さっきYear9だった部屋にYear8の生徒が来ました。最初は先生が子どもをまん中に集めて粘土の使い方を説明し,そのあとで各々の机に分かれて作業が始まりました。今日は第1週なので,まず作業予定表を作るようです。ステージごとの作業進行表を書いていきます。予定表ができたら,何を作るかを考えていくのです。このように,作業計画を作ることはどの教科でもよくおこなわれています。
 アートという教科の性格でしょうか,生徒は他の授業よりリラックスしているようです。紙の筒を望遠鏡のようにして見ている男子や,予防注射のあとを見せあっている女子もいます。先生が見回って,宿題のデッサンをチェックしています。宿題はどの教科でも本当によく出されます。 

 昼食は食堂でとりました。ソーセージとポテトチップです。ポテトチップというのはフライドポテトのことで,日本でいうポテトチップはクリスプと呼びます。ここのソースはとてもおいしいと思います。オリバー先生に「ここの食堂はおいしいですね」と言うと,「大丈夫か,味覚が麻痺してきたんじゃないのか」と言われてしまいましたが。 

 午後は体育でした。体育館でマット運動です。2−3人で青いウレタン板のマットを運び,2枚並べます。これまでに前転,片足静止,倒立,横転などを練習してきて,今週はそれらをつなげておこなうことになっているとのことでした。来週はそれをビデオに撮るそうです。
 最初にクレイが手をあげました。マットを2往復。この子はうまかったです。先生は「Excellent」とほめています。2−3人の子が感想を述べました。次の子が手をあげてスタート。この子はマットの角からスタートしましたし,順番も違っています。順番は自分で考えるのです。そのあと,つぎつぎに手をあげて生徒たちが演技していきます。それぞれ,順番はばらばらでした。たとえ失敗しても,黙ってみています。終わったときには拍手が起きます。日本では,小学校でしか見られないような光景のように感じられました。 

 午後のブレイクが終わり,生徒が教室に向かったあとの中庭に残っていると,男の子が何人か近づいてきました。次は地理の授業だというので,「running!」と言うと「日本語でランニングを何と言うの」などと聞いてくるので「走れ!」と教えると「ハシレ!」と言いながら走って地理棟へ消えていきました。楽しい生徒たちです。 

 夜は,オリバー先生の奥さん(パット)の両親がやってきて一緒に食事することになっています。義理のお母さんのことをmother-in-lawと言うのだと,このとき教えてもらいました。
 義理のお父さんもお母さんも,とても話好きな人たちで,質問責めにあいました。兄弟はいるか,住んでいるのは一戸建てかアパートか,年齢は,英語はどこで勉強したのか,食べ物は何が好きか,学校は無料か,イギリスにきて一番驚いたことは何か,英国から日本に教師は派遣されているのか,あなたの父母は戦争のことを覚えているか,日本の核廃棄物が英国で処理されて問題になっていることを知っているか,など,書ききれません。

 私が,日本はアメリカの影響を強く受けているということ,それで自分が高校生の時,試験で「theatre」のつづりを印刷ミスだと思ったことなどを話すと,うなずいていました。彼女はノリタケがアイルランドでつくっている食器(カップ,ソーサー,プレート全部あわせて40ポンド)を使っているといい,ウエッジウッドやロイヤルドルトンなんかはベリーベリーエクスペンシブだと言うので,いくらですかと聞いてみると「カップとソーサーで20ポンド以上するのよ」と教えてくれました。私が「日本では60ポンドです」と言うと,文字どおり言葉を失っていました。「そんな高いものを買えるなんて,日本人はやっぱり金持ちだ」と思われてしまったかも知れません。本当は,お互いが高いものを買いあうことで成り立っている「花見酒」のようなものなのかも知れないのですが。 

 最後に二人が帰るとき,mother-in-lawに「Jaはもともとはドイツ語で,本当の英語はYesと言うのよ,わかった?」と言われました。私は「わかりました」と言うつもりで大真面目に「Ja」と答えてしまい,玄関で大笑いになりました。あとでパットは「お母さんは古い言葉遣いをするのよ。いまどきYesと言うのはロイヤルファミリーくらいだわ」と言っていました。楽しい夜でした。

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