英国の学校教育−−1993年・秋

(1)ロンドン,そしてチョーリーへ

 平成5年度の連合王国団は全部で20名。ランカシャー班とダービーシャー班それぞれ10名ずつです。6月に4日間,つくばの国立教育会館で研修したのち,9月の終わりに日本を出発しました。

 10月始め,ロンドンで教育省や教員養成カレッジを訪問したあとランカシャー州に移動しました。ロンドンのユーストン駅から特急列車で4時間あまりでイングランド北西部にあるプレストンに着きます。ここはランカシャー州の州都です。州都といっても,日本の県庁所在地のように県で一番大きい町というわけではありません(日本でも浦和や山口は違いますが)。位置的に州の真ん中にある町が州都になる場合が多いそうです。

 最初の週は,プレストン近郊のチョーリーという町のカレッジで英会話の研修を受けたりランカシャー州の教育庁を訪問しました。ここまでは10人のグループ行動だったので,困ったときは日本語で相談できたのですが,1週間はあっという間に過ぎ,ホームステイ初日の日曜日がきてしまいました。ホストファミリーがホテルまで迎えに来てくれ,彼の車でホテルをあとにしました。みんなが「好きになった人」を歌って見送ってくれました(なぜこの歌なのかは,最初の部分を歌ってみるとわかります)。

 私のステイ先はチョーリーに住むオリバー先生のお宅でした。家のとなりには広い牧場があります。夫であるデヴィッドは私が研修するCarr Hill High Schoolの技術の先生。奥さんのパットはマンチェスターの病院内学校の先生です。お二人は以前の勤務校で知り合い,結婚して16年になるそうです。
 お宅は三階建ての大きな家です。リビングルームだけで私の家の半分くらいはある感じです。イギリスの普通の家に入るのはこれが初めてでした。靴を脱がずに入る家というのは汚れているのではないか,などと心配していた私でしたが,玄関のマットで泥を拭って入るので日本の家と(少なくとも見た目は)変わらないように見えます。
 私は三階の部屋を与えられました。三階といっても,屋根の傾斜がそのまま天井の形になっている屋根裏部屋のような感じです。中央にセミダブル位のベッドがあり,小さなタンスが部屋の端に置いてあります。着替えをして一階に下り,シャワーや洗濯機の使い方を教えてもらったあと,「あなたは家族と同じだから,何か飲みたいときは冷蔵庫から勝手に取って飲んでね」と言われました。ホームステイとはそういうものだと聞いてはいましたが,いざ自分がそう言われてみると,イギリスという国の大きさを感じないではいられませんでした。

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