2.市場と国民所得

(2)国民所得

a.ストックとフロー

 経済の規模をはかる指標にはいろいろある。その概念を2つに大別すると,ストックという概念とフローという概念とに分けることができる。ストックとは,ある時点(瞬間)での総額,フローとは一定期間内での流れを意味する。

 ストックの例は国富。これはある時点(年度末)に国民が保有している資産の総合計のことで,それまでの投資がどれくらい蓄積されているかを示す。普通は前年よりも増えるものだが,戦争による破壊とか地価の下落によって減少する場合もある。
フローの例は国民所得,GDP。総称して広義の国民所得ともいう。一定期間(1年間)に生み出された付加価値の合計額。1年間の貨幣の流れともいえる。

 ストックとフロー,どちらも経済の規模を表す数字である。これは個人の経済力でも同じであり,「あの人は経済的に豊かだ」と言うとき,その意味するものは,「給料をたくさんもらっている」という場合もあるし,「貯金がたくさんある」という場合もある。前者がフローで見たときの豊かさ,後者がストックで見たときの豊かさである。

 ここで質問。「月給60万円で貯金が100万円ある校長」と「月給30万円で貯金が2000万円ある政経担当の教員」とでは,どちらが経済的に豊かと言えるか? (注:この数字はフィクションなので,校長先生に「月給いくらもらってますか」などと聞かないこと。また私の貯金は2000万円もありません。)

国富
国富=実物資産+対外純資産で求められる。
 実物資産とは,国内に存在する有形資産の合計のこと。その内訳は次の3つ。

「工場・住宅・道路・港湾・機械などの純固定資産」
「土地・森林・地下資源・漁場などの再生産不可能有形資産」
「在庫」


 土地や社会資本の価格も算入される。つまり,地価が高ければ国富が大きいということになる。
 対外純資産とは,一国が外国に持つ資産残高−外国への負債残高で求められる。外国に持つ資産残高とは,政府の持つ外貨準備,対外援助,金融機関から外国への融資,外国銀行への預金などがあげられる。つまり対外債権である。(債権とは,お金を払ってもらえる権利のこと)。いっぽう外国への負債残高とは,外国企業からの対日投資や,金融機関の外貨借入などの対外債務である。(債務とは,お金を払わなければならない義務のこと)。その差が対外純資産であり,債権の方が多ければ純資産はプラス,債務の方が多ければ純資産はマイナスとなる。
 注意すべき点として,土地や住宅の価格は国富に含まれるが,国内金融資産(日本人が国内に持つ預金など)は国富に含まれない。預金者にとっては債権だが銀行にとっては債務であり,日本全体で見るとプラスマイナスゼロになるからである。


国民所得
(狭義の国民所得とは) GNPから求めた厳密な付加価値増加分
(広義の国民所得とは) GNP,GDP,狭義の国民所得を含めたフローの数字


狭義の国民所得の求め方
(ア)国民が国内・国外で生産した価格を合計し,総生産額を求める
 たとえばある国の産業が自動車関連産業だけだったとして,総生産額を求めると,ネジ+ゴム+タイヤ+ガラス+鉄板+完成品の自動車・・・・の金額が総生産額となる。ただし自動車の価格100万円の中には,部品として購入したタイヤ4本20000円とか窓ガラス15000円などの価格も含まれている。他の商品の部品・原材料となっている部分は,二重・三重に計算されてしまうので,中間生産物の価格を総生産額から差し引く必要がある。そこで(イ)の計算を行う。なお,ガラスやタイヤでも,それが部品でなく最終生産物である場合には差し引く必要はない。

(イ)総生産額から中間生産物を引いて,国民総生産(GNP)を求める
 総生産額から中間生産物を引くと,国民総生産が求められる。ところで商品を生産するためには,原材料の他に機械や労働力が必要であるが,車1台のためにはタイヤ4本と鉄板○kgとガラス○枚・・・という原材料が必要だし,労働者の賃金は毎月支払わなければならないのはわかるだろう。
 実は機械も,1回買えば永久に使えるわけではないのだ。生産によりすり減っていくこともあるし,生産自体は可能でも性能が時代遅れになって,新しい機械にした方がずっと能率がいい,ということも起こってくる。そこで,いつかは機械も更新しなければならず,そのときにはまた費用がかかるわけだ。仮に10億円の機械が10年使える(10年後には機械を更新しなければならない)とすると,1年に1億円ずつ価値が減っていくという計算になる。つまり,年間10億円ずつ生産しているように見えても,そのうちの1億円は機械の更新のための費用(つまり生産コスト)であって,純粋な生産額は10−1=9億円となる。そこで(ウ)の計算を行う。

(ウ)国民総生産(GNP)から固定資本減耗分を引いて,国民純生産を求める
 固定資本減耗分は減価償却費ともいう。減価償却とは,「価値が減る分を費用として算入する」という会計用語である。費用として算入できる,ということは,その分は税金の計算から除かれるということである。

(ア)〜(ウ)までは,市場価格で表示されている。(つまり間接税が含まれているために本来の価格より高くなっていたり,政府の補助金のおかげで本来より安くなっていたりする)。間接税がかけられていれば,生産者はその分を価格に転嫁して間接税分だけ高い市場価格で売るから,純粋な生産活動は,市場価格−間接税のはずである。また,政府から補助金をもらった生産者はその分市場価格を安くして売る。純粋な生産活動は市場価格+政府補助金のはずである。そこで(エ)の計算により,市場価格に基づいた額(狭義の国民所得)が求められる。

(エ)国民純生産から間接税を引き補助金分を加えて,狭義の国民所得が得られる
 狭義の国民所得は,生産・分配・支出の3面から見ることができ,その3つはいずれも等しい。

(オ)国民総生産から,国民が国外で得た所得を引き,外国人が国内で得た所得を加えると国内総生産(GDP)が得られる
 GNPとGDPの違いは,GNPは「国民(日本人・日本企業)」が世界中で生産したものの合計,GDPは「国内」で日本人・日本企業・外国人・外国企業が生産したものの合計ということである。日本ではGNPを正式統計としてきたが,1993年12月からはGDPを正式統計としている。(他の先進国は以前からGDPをつかっていた)

(カ)なぜGDP方式に変わったか?
 国際化が進み,経済のボーダーレス化が進展している現代では,国内の景気動向を見るには,国内での経済活動をより正確に反映した指標で見た方がよいからである。たとえば,ある企業の売り上げが大幅に増えたから景気がよくなっているはず,と思っても,それが海外の活動の結果なら国内の景気はそれほどよくなってはいない,ということが起こりうるからだ。また,海外からの要素所得(証券投資から生じる利子所得など)は,不規則な変動をする傾向があるからである。

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